
| AIを使えば使うほど、人間の能力は”なまって”いく。ならば、思考とコミュニケーションを鍛える「ジム」が必要です。若手育成はどう変わるべきか。「AI時代の人材マネジメント」シリーズ第5回、具体策①(若手編)です。 |
土曜の朝は、健康のため、ジムに行って汗を流すようにしているのですが、ウェイトトレーニングをしながら、ふと考えました。100年前には、これは仕事だったんだなと。炭鉱で、坑道から石炭を運び出すような重労働をやっていた人たちのようなことを、今、私はやっています。そして、ランニングをしながら、江戸時代の飛脚に思いを馳せます。彼らは、仕事として、日々走っていました。
じきに、同じようなことが、「知的労働」についても起きてくるのではないでしょうか。
このコラム、第1回で宣言したようにAIなしで書いているのですが、いやはや時間がかかるかかる。非常に苦労して書いています。最近、AIに頼んでばかりいたら、以前より、文章が書けなくなっている自分に気づきました。おそらく、文章力だけではありませんね。AIを使って仕事をし出してから、まだ数年ですが、本当に、色々な仕事の”筋肉”が”なまって”しまいました。思考やコミュニケーションの”筋肉”も、だいぶ落ちてしまったかもしれません。そう考えると、恐ろしくなります。
これは、由々しき問題です。なぜなら、第2回で書いたように、これからAIの時代には、人間ならではの思考、人間臭いコミュニケーションはもっと大事になるからです。AIで仕事を効率化する、しかし、AIを使っていると、力が落ちてしまうという悩ましいトレードオフ。この辺りに、人材育成の新しい課題があるように思います。
解決策は、思考の「ジム」であり、コミュニケーションの「ジム」のようなものではないかと思います。それが、おそらく、これから求められる人材育成の形。通常業務は存分にAIを使って効率を上げるわけですから、それで落ちてしまった筋肉については、仕事を離れたところで、もっと効率的に、必要な部分の筋肉を集中的に鍛えるようなことが必要なのでしょう。機械を手に入れた我々が、せっせとジムで重いものを持ち上げ、走っているように。
具体的な研修の話をしましょう。
若手が「育つ機会」はどこへ消えたのか?
まず、若手の育成です。若手の育成で求められるのは、プロセスやルールの理解、基礎的な思考とコミュニケーション能力の向上です。現在、若手社員は、新人導入研修で学び、そのあとは、雑用や資料作りをしながら仕事のプロセスを覚え、議事録を書きながらコミュニケーションの機微を身体で覚えていきます。しかし、これからはそのような仕事はAIのものです。仕事の場面で学ぶ機会は、ほとんどなくなるでしょう。
さらに言うと、そもそも、上司や先輩にとって、新人に仕事を頼みたいという気持ちはどんどんなくなっていくと思います。右も左も分からない人間よりも、AIに任せた方が早くて安心です。忙しいのに、リスクの高い人間になんか仕事を振れない。そりゃあ、上司や先輩に気に入られて、可愛がられて、信頼される新人は、「情」によって教えてもらえるでしょう。しかし、そんな高度なコミュニケーション能力を身につける機会なんて、そもそも与えられませんので、一部のコミュニケーションに優れる者を除き、新人たちは、お荷物のままになってしまう可能性があると思います。
(そもそも、AIがあるから育たなくて良いという意見もおありでしょうが、私は、そうは思いません。ポジショントークではなく。詳しくは、第2回をご高覧ください。)
AIで「思考の筋肉」を集中的に鍛える
そんなわけで、私は、これからの時代、効率的に学べる「ジム」ような仕組みがないと、仕事の中だけでは基礎的な能力が育たないのではないかと考えるわけです。そして、その「ジム」もやはりAIによるものだろうと思います。
具体的には、AIを使ったパターン学習。あらゆるパターンでのコミュニケーションや、言外の意味の抽出。いわゆる、アサーティブな姿勢や、パースペクティブテーキング(視点獲得)の訓練は、AIの活用が有効な分野です。これまで上司や先輩に同行して、体感で学んでいた部分を、AIで収集したパターンから教材化し、効率的にドリルのように学んでいけば良いのです。同行するだけでは数年かかっていたパターンを、数日で集中的に頭に入れてしまうというようなことが有効ではないでしょうか。
「話されていないこと」を読む力を磨く
商談などのミーティング映像や議事録を使って言外の意味を読み取る訓練。仕事の中で、それをやる機会が大きく減る代わりに、AIで集中的に鍛えます。お題としては、「この会議で、語られなかった真実は何か」を考えさせると良いでしょう。「こんなに前のめりなのに、顧客が価格を聞かなかったのはなぜか」「常連さんなのに、いつもと違う注文をしたのはなぜか」といった感じです。話されたログの集積、編集、要約は、AIに任せれば良いでしょうが、「話されていないこと」を体感的に掴むのが人間の仕事であり、伸ばすべき能力です。
他者の視点でものごとを捉える、パースペクティブテーキング(視点獲得)の訓練。言外の意味、コミュニケーションの裏を読む訓練。AIには簡単にできない能力を学ばせるために、AIを使うことができます。
また、これは弊社がここ数年、力を入れてやっている研修ですが、ソラアメカサというフレームワークを身につける研修というのも有効です。ソラアメカサとは、「ソラを見る(事実)と、アメが降りそう(意味・仮説)だから、カサを持っていこう(打ち手)」と、事実→意味・仮説→打ち手という3段階で考え、伝える方法のことです。この「アメ」の部分がとても重要で、事実から、いかに人間らしい、AIでは抽出できない意味・仮説を抽出するかを鍛えていきます。反復練習を繰り返すことで、思考やコミュニケーションの質を格段に上げることができます。
「欲」の発見こそが、AI時代のキャリア教育の起点
さらに、若手について言うと、AI時代には、キャリアの教育も変わるでしょう。キャリア自立(自律)というテーマが、ここ数年、若手のテーマとなっています。取り組んでこられた企業も多いと思いますが、この先のキャリアは極めて読みにくくなります。キャリアと言われても…と言うのが現実かもしれません。むしろ、先のキャリアよりも、自分の「外向きの欲」について深掘りすることが求められるのではないでしょうか。
なぜ「外向きの欲」なのでしょうか?
AIを使っていて、お気づきの方も多いと思いますが、AIから有効な答えを引き出すことはそこまで簡単なことではありません。何度もAIと対話し、粘り強く試し続けなければ、使えるものは出てこないですよね。そのような行動を取るためのスキルとしては、第2回で書いた、仮説を持って聞くスキルを身につけることが有効ですが、若手には、その前段として、まず色々な知識、色々な人間に触れさせて、好奇心を掻き立てる、そして、そういう経験を通じて、自分が何が好きか、何がしたいか、どんなアプローチが自分の「欲」を刺激するのかを理解させることが必要です。やはり、粘り強く考えて追究する行動を取る奥にあるのは、自分がそうしたいという「欲」ですので、そういった意味で、自分を深く知るということが求められるでしょう。
ただ、この「欲」、少し注意が必要です。自分に向いた欲望、「我欲」は人間にとってマイナスに働きます。甘え、自分勝手、八方美人、その場しのぎ、他人ごと、全て我欲の結果ですよね。また、我欲は転じて、コンプレックスや劣等感のようなものにも繋がり人を苦しめます。一方で、志や使命感、好奇心や探究心、そういった「外向きの欲」こそ、AIの時代になっても人間が人間である中核となる能力ではないでしょうか。好奇心を掻き立て、経験の幅を広げることで、自身の「外向きの欲」を見つめさせるというのは、粘り強く考えて行動するクセをつけること、ひいては、AIを使いこなす思考習慣にもつながる最も根源的な能力開発ではないかと私は考えています。
若手の人材育成がどのように変わるのかというテーマだけで、長くなってしまいました。ここで一度区切って、改めて、管理職層と経営者(候補)層の育成がどう変わるのかについてもお話ししたいと思います。
(第1回で予告した通り、やはり5回では終わりませんでした。もう少しお付き合いくださいませ。)
👈 前回:【AI時代の人材マネジメント④】AIは限界突破の「相棒」─ 藤井聡太に学ぶ人材育成の未来
👉 次回:【AI時代の人材マネジメント⑤-2】AI時代の人材育成 具体策②(マネジメント編)

