
| AIが普及し組織がフラット化していくとき、人間には何が求められるのか。フットワーク・ホスピタリティ・仮説質問力・美的判断力——コペルニクスの例が示す、AI時代に活きる人間の本質的な4つの力を考えます。「AI時代の人材マネジメント」連載第2回。 |
前回のコラムでは、我々が資料を作って、報告や会議を繰り返しているのは、人間の情報処理能力が低いからだという話をしました。ピラミッド型の組織を作り、縦横の情報共有に多大な労力を割くのは、1人が10人程度の情報処理するのがやっとだからです。そして、今後、AIによって情報処理量が爆発的に上昇すると、組織はもっとフラットで効率的なものになると考えられます。
今回は、そんなAIによって中間の情報伝達が省略された組織へ移行が進む場合、人間に求められる役割や能力はどのようなものであるかについて考えてみたいと思います。
現場に足を運ぶことが、なぜ「価値ある情報」になるのか?
人間に求められること、まず1つ目は、現場リアリティをつかみにいく『フットワーク』です。
昨年11月、日経新聞の「ブルーカラービリオネア」という記事が話題になりました。米国のエレベーター修理工や配管工の年収が1,600万円にも達しているという話です。日本においても、建設や電気工事の職人の報酬がじわじわと上がり始めている一方で、弁護士の失業が増えているようです。法律や判例に照らし合わせて、法律の判断を行うだけならAIで十分ですが、現場の配管をどう通すか、コンセントの位置をどうするかというのは、図面を現実と照らし合わせて判断することが求められるため、AIで置き換えるのは難しいようです。
ホワイトカラーも同様です。現場から上がってきたデータや情報を、PPTやExcelにまとめる”デスクワーク”は必要なくなりますが、現場に足を運び、自らの目で観察し、人と話し、空気感を感じてつかむリアリティ、そしてそこから得られる洞察。これが価値のある情報になるでしょう。AIも将来はそういうことができるようになると思われますが、かなり先のことと思います。
人間から買いたい——「ホスピタリティ」という本能
人間に求められること、2つ目は『ホスピタリティ』です。
人間とAIの役割を考える上で、こんなケースはどうでしょうか。
あなたは、家族の誕生日を祝うため高級なフレンチレストランを訪れました。豪華な内装と特別な食事は、特別な1日を演出する良いお店です。席についたあなたの家族を、タブレット端末が迎えます。ーーーー「いらっしゃませ、○○さま。あなたの情報履歴から、最新のAIが最適なコースを組み立てます。まずは登録を。」
いやいや、待て。それはないだろ。。。そうですよね。街のチェーン店では、タブレットでの注文はとても便利です。店員とのコミュニケーションを取る面倒はなく、待つ必要もない。欲しい時に欲しいものが注文できます。しかし、せっかく高級なお店を取ったのに、タブレット?そう感じる人は多いのではないでしょうか。
人間は人間と接したいという欲求があります。そりゃあ、AIの方がもっと良いものを紹介してくれるんだろう。買いやすいだろう。でも、人間から買いたい、人間であること自体、根源的な欲求ですよね。高度なコミュニケーション、人に温かみを与えるコミュニケーション。レストランに限らず、オフィスワーカーも同じです。おそらく高度に人の心を掴むコミュニケーションは残っていく。いやこれからもっと重要になっていくのだろうと思います。AIで効率化が進むからこそ、この人との縁を大事にしたい、ノリが合う人と仕事がしたい。そんな意思決定は増えていくと思います。
起点は人間——「仮説質問力」がAIを活かす
3つ目は『仮説質問力』です。
先日、研修の中で、AIを使って海外ビジネスのコンセプトを作ってもらいました。その様子を観察していると、多くの人が、「インドでどんなビジネスをやれば良いですか」「アフリカでは、どんなビジネスが伸びますか」といった質問をしていました。実は、これではAIを使って「検索」をしているだけです。大したものは出てきません。
こういう質問をすることで、おそらく手っ取り早く資料やレポートを作ることはできるでしょう。効率的に。しかし、本物のビジネスに足るような良いアイディアが出てくるでしょうか。現代のAIは、ネット上のデータを全て読み込んでいると言われていますが、そこにはないものがあります。そう。「まだ世の中にないもの」は、AIには答えられません。
少し辛辣なことを言いますが、AIが普及すると、もしインドやアフリカに進出したいと思ったら、社長がこれをAIに聞いて判断すれば良いではないですか。あなたがこれを検索して、資料化して、報告するその業務自体はいらなくなるのです。(そして、それをやっているあなたも・・・)
人間であるあなた自身の価値を最大化するAIの使い方はこうです。「インドで焼肉屋をやってみようと思うけど、やっぱりお客は来ないかな?」「アフリカに超高級なショッピングセンターを作ったら、どんな人がくると思う?」。まず、アイディア、仮説があって、それがどうかとAIに聞く。起点は人間である必要があります。それをAIに検証させる。そういう使い方をしないと、この世にまだないもの、というのは生み出すことができません。そして、この世にすでにあるものは、AIが全て知っているので、その組み合わせ程度の話は、人間なしでできてしまう。それを効率的にやることに意味はありません。
価値観と美意識が問われる「美的判断力」
最後は、4つ目は、『美的判断力』です。
AIが人間の代わりに色々な作業をやってくれるようになったとしても、リスクが大きかったり、不可逆だったりという大きな決断は、人間の仕事でしょう。なぜかというと、AIには責任が取れないからです。AIは選択肢を示して、評価比較して、提示することはできます。ーーーー「○○さん、こうするのが良いと思いますよ」その提案は、おそらく、ほとんどの人間よりも、幅広い情報を見ていて、正確なものでしょう。しかし、それを見て、判断して決めるのは人間でしかあり得ません。
そして、その判断には合理的かどうかだけでなく、私・私たちはどうありたいか、何を「美しい」と思っているかといった価値観の軸が入るからです。だから、我々は、「どうあるべきか」という哲学や美意識を研ぎ澄ませていく必要があるのではないかと思います。
人間はまだまだ捨てたものではない
もし、天動説の時代にAIがあったら。おそらく、AIは天動説前提で、複雑な計算を繰り返し、天動説理論の構築を進めていくでしょう。人類の知識は天動説前提で大量のデータや理論を蓄積しているからです。しかし人間、コペルニクスは、フットワーク軽く外に出て星を観察しました。そして仮説質問をする。「あれ?これ、地球の方が動いているんじゃないか?」と。天動説の式を見て思う、「なんか美しくないぞ、これ」、仲間の天文学者たちと話す「みんな、どう思う?議論してみようよ」そうやって、人類の認知を覆す大発見がなされるわけです。
AIはすごい。その通りだと思います。しかし、AIはまだまだ。それも真実。
この4つの力を磨けば、私も含め、人間はまだまだ捨てたものじゃないと思えるのではないでしょうか。

