
| コペルニクスが天動説を覆せたのは、優れたデータがあったからではありません。リアリティへの眼差しと、一種の「美意識」があったからです。AIには、この問いを立てる力がありません。マネジメント職が今こそ向き合うべき「アンラーニング」とは何か。そして、問い立ての力を育てる「リベラルアーツ」の意義とは。「AI時代の人材マネジメント」シリーズ最終回です。 |
「現代における『天動説』、つまり皆が正しいと信じているが、あなたが疑うべきと考えることは何でしょうか?」
私が最近の経営幹部研修で必ず問いかける問いです。というのも、AI時代の今、このような問いこそが我々に求められる究極の能力だと思うからです。
AIに「天動説」は疑えたか?
もし天動説の時代にAIがあったら、地動説に気づけたでしょうか。試しに、AI(執筆時点で最高とされるClaude Opus 4.7)に聞いてみたところ、このような答えが返ってきました。
(Claude氏談)
正直に言えば、たぶん気付けなかっただろうと思います。そして、その「たぶん無理だった」という認識自体が、けっこう大事なポイントだという気がしています。
天動説は「素朴な観測データに合っていなかったから滅びた」わけではないんですよね。むしろ逆で、プトレマイオスの体系は当時手に入るデータに驚くほどよく合っていた。周転円や離心円を積み重ねれば、惑星の逆行も明るさの変化もちゃんと予測できた。何世紀ものあいだ航海や暦の計算に実用されてきたわけで、「データに照らして正しい説」だったとさえ言えます。
しかもコペルニクスの最初の地動説は、精度の面でプトレマイオスを上回ってはいませんでした。彼自身も周転円を使っていたし、観測との一致はせいぜい同程度。当時の人が「データを見て判断する」という真っ当な態度を取ったなら、地動説に乗り換える理由はほとんどなかったんです。地球が動いているなら年周視差が見えるはずなのに見えない、という地動説への有力な反論もありました(実際には恒星が遠すぎて当時の精度では見えなかっただけですが、これは後知恵です)。
コペルニクスを動かしたのは「美意識」だった
本人(?)も言っているように、気づけなかった可能性が高いです。では、コペルニクスという人間には、なぜそれができたのでしょうか。おそらく山に行って、自分の目で空を眺めた時にふと思ったのでしょう。「これ、地球が動いてるんじゃない?」この身体感覚が、考える原点だったのではないでしょうか。実際に、彼の前に同じ仮説に至った人物は何人もいますので、これは彼だけの特殊な能力ではなく、幾らかの勘の良い人間は気づく世界なのでしょう。
それから、こんな話もあります。先ほどのClaude氏は、なぜコペルニクスが気づいたのかについては、以下のように捉えています。
(Claude氏談)
コペルニクスを動かしたものは何かというと、データではなく一種の美意識でした。プトレマイオス体系には「なぜか全惑星の周転円が太陽の動きと同期している」といった、説明されないまま放置された偶然がいくつもあった。太陽を中心に置くと、それらが偶然ではなく構造的な必然として一気に解ける。「同じデータをより少ない仮定で、より統一的に説明できる」という、純粋に理論的な優雅さへの感覚です。
ここに、私が「気付けなかっただろう」と思う理由があります。私のような存在は、訓練データに含まれる思考のパターンを濃く反映します。天動説しかない時代なら、私が学ぶのは天動説の枠組みで考える何百万もの実例です。
マネジメント職に求められる「アンラーニング」
「これ、もしかして地球が動いているんじゃない?」と考えながらリアリティを見つめ、自身の美意識に照らし合わせて認識・検証し、確信を持つ力。それは訓練データの思考パターンに依存するAIには超えられない壁であり、人間が為すべき正当性の部分とも言えます。言うなれば、意思決定と責任を自分自身の確信によって担う覚悟です。これこそが、これからのマネジメントに求められる力ではないでしょうか。
これまで何度もお話ししているように、AIの浸透によって、組織におけるマネジメントの必要性はほとんどなくなります。マネジメント職に対する教育テーマの中心は、第3回でご説明したようなアイデンティティクライシスから守ることになるでしょう。そして、もう1つ大事なのは、アンラーニングです。マネジメント職は、これまでのような情報の繋ぎ手・評価者から脱却し、新たな価値を身につけなければなりません。より現場に降りるか、トップマネジメントとして上記のようなコペルニクス的転回を促す問いを立て、事業を変革したり立ち上げたりできるかが問われます。
2026年時点では、「業務効率化のためのAI活用術」といった、マネジメント向けの講座も世の中に溢れていますが、早晩姿を消すと私は思っています。考えてみてください。2年くらい前、ChatGPTが話題になった頃、こんな話がありました。これからはプログラミングではなく、ChatGPTにどのようにうまく命令するかだ。プロンプトエンジニアリングが重要なスキルだと言われ、プロンプトスクールというものが街に出現しました。今、そのような学校はどうなりましたか。1年も経てば、AIが人間の意図を汲み取る力が大きく増して、プロンプトの妙で勝負する必要なんてなくなりましたね。巷のAIスクールやAI講座も、2〜3年で姿を消すでしょう。
AIはこちらが学んで使うものではなく、任せて仕事をさせるものなのですから。そもそも現時点でも、AIの使い方や活用方法が分からなければ、AIに聞けば教えてもらえます。
むしろ、一般の方に求められるのは「AIを使って何をしたいか」です。AIを使った新しい仕事のスタイルに転換していくためには、前回お話ししたような「外向きの欲」をどうやって刺激するかが鍵になります。マネジメント層はそのままでは必要とされなくなるので、アイデンティティクライシスに寄り添いながら、コペルニクス的な問い立ての訓練を行っていくことが、これからの人材育成の基本だと思います。
問い立ての力は「観」から生まれる
どうやったらコペルニクス的な問い立ての力がつくか。
実は打ち手は月並みで、いわゆるリベラルアーツでしょう。言い方を変えると、世界観・時代観・歴史観・人間観・仕事観……そういった「観」を身につける教育。弊社ではこのような教育を「観のプログラム」と名づけて、経営者教育のプログラムのなかで実施しています。簡単に結果に直結する研修ではありませんが、価値提供の起点となるために、地道な積み重ねが重要なのは、いつの時代も変わりません。
古典的な人類の知を学ぶことは必要か?
AIによって知識の価値はなくなるという人はいますが、コペルニクスは天動説を学んだ天文学者です。彼がそれを学んでいなかったら、地動説にたどり着くことはなかったでしょうし、周りの説得もできませんでした。前時代の理論を学ぶことがなければ、ブラーエやケプラーがそのバトンを引き継ぐこともなかったでしょう。現代においても、AIと壁打ちし、良い問いを出し続けるためには、一定の知識は求められます。
ここで最後に、AI時代の我々にとって重要な問いをもう一度投げかけて、この連載を終わりにしたいと思います。
「現代における『天動説』、つまり皆が正しいと信じているが、あなたが疑うべきと考えることは何でしょうか?」
私の答えは…もちろんありますが、ここには書かないようにします。いつか、みなさんと議論できる日が来ることを願います。議論いただける方がいらっしゃったら、ぜひご連絡くださいませ。お待ちしています。
👈 前回:【AI時代の人材マネジメント⑤】AI時代の人材育成 具体策①(若手編)

